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旧ディジョン日記(移転しました)

以前フランスの地方都市ディジョンでフランス語を学んでいました。

驚異の砦 le Fort Boyard

 久しぶりの連日更新。
 
 ちょっとフランス語の話から。あるフランス人と今回の旅について話していたとき…

 「ロシュフォール(Rochefort)に行ってきた」というと、その人はロシュフォールには行ったことがなく、この町何があるのか、ということが話題になりました。そこで、そのフランス人は、ロシュフォールという名前からすると、「砦があるのか?」と尋ねてきました。

 Roche は「岩」、Fort は「砦」

 Fort には勿論、形容詞で「強い」という意味もありますが、Le Fort という男性名詞で使われる場合には、「砦」という意味になります。この場合はそれです。ロシュフォールは言うなれば、「岩の砦」という名前になるでしょうか。

 今回は、タイトル通り「砦」の話です。まずは地図を見ていただきましょう。
le plan
 前回の記事で話題にした海軍資料館では、この一帯にかなりの数の砦があることが確認できます。しかし、僕が行って実際に見た砦の数は多くありません。この地図に印をつけたところのお話になります。ロシュフォールでは砦を見なかったのですが、まぁ起点になった町なので印をつけておきました。わざとらしくアイコンが立ててあるのにはご注目ください。ここにも砦があります。

 4月28日のこと。ロシュフォールを出て、フーラ(Fouras)という町に向かいました。そこからエクス島(Ile
d'Aix)へと連絡船に乗るつもりでした。

 これは、そのフーラ近辺で撮った写真です。
la vue lointaine
 右手側に砦が見えますが、中央やや左よりに、うっすらと建造物の影が見えますよね(矢印つき)。地図でアイコンが立っているのがこの砦です。

 先に↑の写真の右手に見える砦から。こんな形状をしています。
le fort
 これは、エクス島に向かう途中に撮影。

 フーラにも立派な砦があります。
fouras.png
 町並みと一緒に…
fourass_20110523161328.png
 中は資料館になっていて、入場可能なのですが、時間の都合上訪問はかないませんでした。

 エクス島は、島全体が砦のようなものなのかな…。
ile daix
 連絡船が接岸した桟橋付近の光景です。

 また、エクス島の真ん中には、隠れるように砦が建っています。 
le fort ledot

☆☆☆
 
 と、まぁ幾つも砦があるのが確認できるんですが、一番驚きの砦はやっぱりこれでした。

 Le Fort Boyard
fort boyarddd
 前回の記事で予告しておいたこの建造物です。この建造物の存在を知ったのは、ロシュフォールの資料館でしたが、実際にこれを見たのは、ラ・ロシェルに戻って見ることになりました。ラ・ロシェルから遊覧船が出ていました(往復2時間30分ほどのコースです)。ロシュフォール付近でも遊覧船が出ているのかもしれませんが、詳しくは分りません(あったとしても、時間的な都合で乗れなかったと思う)。

 今回の旅は、ラ・ロシェル→ロシュフォール→ラ・ロシェルというコースをとり、先にロシュフォールで少し知識を仕入れていたために、ラ・ロシェルで迷わず遊覧船に乗るという選択が出来ました。
 
 まぁ、何はともあれ、見ていただきましょう… 
fort boyardd
 島の上に建っているのではなく、ホントに一番上の地図でアイコンを立てた通りに、海のど真ん中にあります。
fort boyard
 フランス語版ウィキによると、大陸との連絡を断った状態でここで250人の人間が2ヶ月過ごせるだけの収容力があるそうです。

 着工は1804年、途中中断を挟みつつ、完成は1857年とのこと。どうやって建てたのか気になりますが、そこは未だ勉強不足です。

 ただね、フランスらしいっちゃフランスらしいんだけど…この建物、エクス島とオレロン島の間の大砲の射程範囲の死角をカバーするために作られた建物で、砲座としての役割を期待されていたんだけど…
完成してみたら、大砲の性能があがっており、この砦なしでも射程範囲の死角をカバーできるようになっちゃってた!!
という、オチがついてます…。あれま…。その後は、1870年の普仏戦争の時には、既にプロイセン兵士がここに監禁された――つまり監獄として機能したようです。まぁほとんど逃走不可能な監獄ですね。

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フランス海軍資料館@ロシュフォール

 今回の更新は2本立てです。こっちが2本目。一本目は「ロシュフォールのとてつもない計画(続き)」です。

 実は、日本帰国まで後残り1週間なのですが、まだ4月末の旅のまとめをやってるなんてね…。まとめはまだ半分ほど残っているので、帰国してからもこのブログはしばらく続く予定でございます。ただ、日本にいる人たちへの定時報告の意味はなくなるので、定期には更新しなくなります。帰国の準備で荷造りやら、部屋の掃除やらで追われたりもしているために更新頻度が落ちているわけです…。多分、次回は、旅日記を一旦休んで、帰国に絡んだお話になるのではないかな。
 
 さて、ここ最近ずっとロシュフォールの話を書いているわけですが、恐らくかなり詳しい旅行ガイドにしか載っていない町だと思います。なので、僕が書く意味も多少あろうかと思って、少し詳しく紹介しています。

 ロシュフォールってどこじゃ!という人のためにおさらい…例によってグーグルマップ様から地図を拝借。フランスの西、大西洋側です。ブルターニュの南、ボルドーの北です。ラ・ロシェルから40キロほど南に下ったところにあります。
rochelle rochfort

 んで…ですね、もしラ・ロシェル一帯を見て回ろうという方がいらしたら、ロシュフォールには一押しの施設があります。それがここ。
国立海軍資料館(le Musée national de la Marine)
museacute;e de la marine
 まぁね、海軍だからね…わーフランスってお洒落ですねぇ…なんて甘い言葉とは全く合わないぜ!この観光は!

 この施設、個人的にはラ・ロシェル一帯を訪れる際には是非見ておいたほうがいいと思います。というより、ラ・ロシェルに行く前に、こっちの方が良いかもしれない…。フランスの昔の国防戦略を知ることは、この付近に残る砦などの遺跡の戦略的重要性を知ることでもあり、この辺りの風景への理解が一層深まるのではないかと思います。これは、また後日記事にしますが、エクス島(Ile d'Aix)に行った時に思いましたね…。

 昔の海図や、砲台の射程範囲を考慮した砦の建設に関する資料などもあるんですが、そんな写真は地味なので載せません。それより何より目玉はこれでしょう!
 船の模型
marine.png
 模型とはいえね、デカイんですよ。全長2メートルか3メートルはあろうかという模型が幾つもあります。模型だけでも結構な迫力があります。船好きには堪らない施設だと思います。

 Le Royal
le Royal
 これは、面白いんですが、造船学校の指導教材として作られた模型の船なんだそうです。この名前を冠した実際の船は存在していないようです。推測によれば、この船の原形だったのはサン・フィリップ号ではないかとのこと。1720年代に作られたとなってます。

 勿論、部屋のお飾りとして、船の模型が作られることもあったようですが、主に後代に造船技術を残すための記録として、模型作りは行われていたそうなんです。これが、また精巧に出来てて、見ごたえあるんですよね…。

 La Dédaigneuse
le Deacute;daigneuse
1776年にボルドーで進水した船。 

 Le Météore
le Meacute;teacute;ore
1833年にもなると、動力として車輪が付いてますね。進水はロシュフォールにて。

 Le Trident
le trident
1876年進水。ガラスケースの反射で写りがやや悪いですが、カッコいいので載せます。

 Le Formidable
le formidable
1885年進水。

 Le Plongeur
sousmarine.png
これ…実は潜水艦の試作機の模型。フランスで初めて作られた潜水艦は、ロシュフォールで作られていたようです。実験機なので、実戦に出ることはなかったのですが、進水の時期を見てビックリ。なんと1863年だそうです。いや…日本はこの時代、開国だ、攘夷だ、なんやかんやで内ゲバやってた時代でしょ…。さすがはかつて英国と覇権を争った国だな…。

 昔の碇の仕組みも模型で知ることが出来ます。 
ancree_20110522095931.png

 他にも色々あるんですが…これくらいにしておきましょうか。

 これは次回予告なのですが…この模型を見て説明文を読んだ時、とにかく驚いたの一言に尽きます。
fort boyarddd
ここには是非行かねば、と思わされ、実際に行く事になったのですが…。この建造物の実物はとにかく凄い所にあります。

 残念ながら、まぁラ・ロシェルもそうなんですが、ロシュフォールはアジア人観光客には対応していない町です。パリとかアヴィニョンとか、観光名所中の名所には、日本語や中国語のパンフレットに音声ガイドにも対応してたりして驚いたのですが、こっちの資料館に行っても、音声ガイドはヨーロッパの言語しか備えていないし、説明書きもフランス語(部分的に英語)だけです。

 まぁね…ロシュフォールでは、施設に入る度にチケット・カウンターで、「国籍はどこですか」と聞かれる替わりに「どこの県(Département)からいらっしゃいましたか?」と聞かれたんですよね。なんつーか、第一声がこれか…この地にはフランスに住んでいる人が来るというのが当たり前だと思ってるのかね…この対応は…。ラ・ロシェルにもなると、国籍を尋ねられたんだけどなぁ…。

 そういや、ロシュフォールではモンゴロイド系の顔を一度も見なかったような…、僕は独り旅だったので完全に浮いていたような気がするなぁ。

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ロシュフォールのとてつもない計画(続き)

 今回の記事は完全に前回の内容と連動しています。先にそちらをお読みになって頂けると幸いです。
前回の記事はこちら

 さて、18世紀末に活躍した巨大帆船のレプリカを建造中のロシュフォール。どうやって水に浮かべるの?というのはちょっとした疑問です。クレーンで釣って海へ降ろすには大きすぎる…。

 だから、昔の造船ドックを利用しているわけですね。船があらかた完成形に近づいたら、ドックと河を連結させて、ドッグに注水して船を浮かべるという訳ですね。

 逆に船が補修に入る場合は、壁をつくって水の流れを遮って、ドック内の水をポンプか何かで汲み上げれば、乾いた状態で船の補修が出来るわけですが、それにしたって、ドックに頻繁に船が入る場合、いちいち壁を作ったり壊したりするのも大変な手間です。

 昔はこのドックの開閉をどうやっていたのか、ちょっと気になりませんか?

 門のような物を作って、ドックを遮蔽するとしたら、帆船の場合、マストの高さも計算しなきゃいけないので、高さが長大になるのは目に見えてます。

 その解決法の一つがこれでした。これ何だと思います?コレだけ見てすぐに分ったらマニアじゃないかなぁ…。
rochefort_20110522080013.png
 
 僕は、ロシュフォールの初日にこれを見つけて、何だかさっぱり分らなかった。

 とりあえず、どう見ても船の残骸だよなぁ…とは思っていました。

bateau de porte

 でも船の残骸にしては何か変なんです。まるで造船ドックの横幅にピッタリ合わせて作られているみたいなんです。

 別の角度、造船ドックの端から見てみると、
bateau de portee
 赤線を引いた部分が、この遺構です。本当にピッタリはまっている。実は、この船のサイズに合わせるかの様に、溝まで彫ってあって、この船の所定地がここだ、と言わんばかり。

 謎が解けた時、ロシュフォールって面白い町だな、と思いました。町自体の規模は小さくても「これは何だ?」という謎かけと、正解を見つけた時の驚きがちゃんとあった。好奇心を掻き立てられる町でした。修復されて残骸として残っているのも、憎いですね…。綺麗に修復されている遺跡なんかより正直よっぽど面白い。

 答えは、ロシュフォールにある
国立海軍資料館(le Musée national de la Marine) 
にありました。これを見たのは2日目でした。この遺構の模型です。
bateau de porteee
 船なのは正解でした。しかし、これはただの船ではなく…
 Bateau de Porte (門の船) 
 原理は至極簡単。この船の中に、水をわざと注水させて沈ませることで、門を閉める。逆に開ける時は、船の中の水を汲み上げる。水を抜けば、当然船なので、浮いて動かすことが出来るようになる。ただそれだけの原理です。
 
 さて、前回の記事のエルミオーヌ号の建造現場へと場面を移します。この船の門の残骸がある造船ドックのすぐ側で作られているのですが、そこも同様の造船ドックです。

 今はこのような壁で河とドックは区切られています。
porte de
 上下の写真を見ると、この船の門が入る溝が確認できます(赤矢印)。
porte de lhermione
 また、エルミオーヌ号がドックを出るときには、予定ではこの船の門も復活するとのことなのです。これも是非見てみたかったなぁ…。

 この辺はロシュフォールの面白さの一つじゃないかな、と思います。

 しかしなぁ…船を一隻浮かべるために、もう一隻の船が必要なんて…とんでもない計画だな…。

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ロシュフォールのとてつもない計画

 ようやくロシュフォールについて書きます。この町については、少し細かめに観光した所の記事を書こうかと思います。

 資料館が幾つかあります。一つ一つの施設は小粒で、見て回るのにそんなに時間はとらないのですが、施設が小分けに分断されているので、個々の入場料にしてみれば高い印象です。まぁ…それは措いといて…

 そのうちの一つ、エルミオーヌ号(l'Hermione)の建設現場に行ってまいりました。

 場所は…こんなところで建設されています。これはなんでしょうか?
bassin de radoub
これは、昔の造船ドッグです。つまり、エルミオーヌ号とは
 
 建設現場に近づいてみると…
quoi.png
かなり巨大です。

 内部に入ると、船尾が出迎えてくれます。
bateau.png
 こうやって見ると、何かの娯楽施設の設備の様にも見えるんですが(おもちゃみたい…)、実際ここに行ってみると、電動のこぎりの回転音や、ハンマーで何かを打ちつける音が聞こえたり、本当に建設現場です。

 船底。
bateau2.png

 この船の全姿をカメラで収められるアングルはありません。でか過ぎです。写真左に通路を歩く人が見えるので比較になるかと思います。
hermione.png
 足場が邪魔して、よく写真じゃよく見えないのですが…実はこの船、木造です。

 この船には由来があって、18世紀後半にアメリカがイギリスに対して独立戦争を起こした時に、フランスがアメリカを支援したことは、ご存知だと思います。この船は、その時代に活躍した、つまり実際に存在した船のレプリカだというわけ。ラ・ファイエット侯爵を乗せて、アメリカに向かった船だそうです。

 完成するとこのようになる予定…という模型です。
modegrave;le
 
 甲板の様子。
hermione2.png

 正直言って、この建設現場を見た時、`;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!!と吹き出しました。「フランス人狂ってる!」(勿論、いい意味でね)。この船の現役は18世紀…、こんな今日的な使用に耐えられるとは思えない巨大建造物に巨額の費用を注ぎ込むなんて…。内部にある展示パネルによると、2500万€(約30億円)の費用と、15年ほどの歳月が必要なそうです。当時は、300人の職人が6ヶ月で建造したそうですが(これも驚きの事実です;大体300人もの人間を統率して動かすなんて大変なものでしょう…)、今は10人から20人の少数チームでじっくり時間をかけて建設しているようです。1997年頃から工事が始まっており、もう14年ほどこの計画に掛かっている訳ですね。時間のスケールにも、何というか…「狂ってる!」としか言えない…。

 これは、展示の一部としてあった1998年夏の写真。
1998.png
 船の形になるまではまだまだといった感じですが、この頃の方が、作業としては見ごたえがあったんじゃないかなぁ…。ちょっと残念。

 今の姿。写真の右側が船首です。
hermione3.png

 ただ、賢いな…と思ったのは、この工事の様子を展示物として公開していることですね。ちゃっかり入場料をとりながら、それを恐らく建設費の一部に回しているのだと思います。我が家の建築中に、ちゃんと発注どおりに進んでいるか、工事中の家を見るという発想はあっても、建設過程をそのまま展示してしまうなんて発想の施設は日本にはないんじゃないかなぁ…。この工事にかける時間の長さにも、膝を打ちました。ある程度長い方が、良い訳ですね。

 なお事前に予約+追加料金で、なおかつ団体に限ると思いますが、船体内部の見学も出来るようです。

 ↓のパネルによると、
panneau.png
2011年の終わりには、水に浮かぶ予定のようですね。2012年には、仕上げ作業と書いてあるので、予定通り作業が進んでいるならばですが、この船の水上の雄姿を見られる日も遠くないようですね。

 また同パネルの上段には、この造船ドックに昔のやり方で開閉させるという記述もあるんですが、これはまたロシュフォールならではの遺構と資料館の写真があるので、次回にいたします。

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ロシュフォールに行った目的と Collège de France

 最初に訪問者数について…ありがとうございます。一年で3650(1日10人)を目指して、始めた当ブログですが、気づけば3650は当の昔、おかげさまで5000を超えることができました。

 さて、今回の記事。
 
 旅日記は続きがありますが、ちょっと脱線します。

 ロシュフォールに行った真の目的を先にお話しようと思います。ロシュフォールは、恐らく日本の観光ガイドには載ってないのではないか、と思います。現に留学や旅行する人がすべからく持っていると思われる日本の某有名ガイド『地球の○○方』にもロシュフォールは載っていません。蛇足ですが、このガイドブック…かなり有名なようですね。中国人が、このガイドの翻訳を持っていてびっくりした…。

 では、ロシュフォールに行く理由は何か?どうやって決めたのか?

 もし、カトリーヌ・ドヌーヴという今なお現役の女優が好きすぎて、その出世作となった「ロシュフォールの恋人」(原題 Desmoiselles de Rocefort)という映画の舞台がどうしても一目見たい、というなら訪れる理由はあると思います。

 しかし、僕はその理由で訪れた訳ではありません。日本人にとっては、さしたる魅力もなかろう…と思われる土地をどうして訪れたか。それは、この人のせいです。

merleau ponty
モーリス・メルロ=ポンティ(生1908年、没1961年)、哲学者です。学部時代に四苦八苦しながら取り組んだ哲学者。

 まぁ、ここで本格的に哲学の話をするつもりはないので、「へぇ~」くらいに思ってもらって構いませんが、もし興味ある人が万が一いたら、日本語版の Wikipedia は見ないことをお薦めします。ここには、メルロ=ポンティの著作を読んでいなくても書けることしか書いていないので…。替わりに、僕としては、2冊の本を挙げておきます。

 ・鷲田清一著『メルロ=ポンティ―可逆性』講談社、叢書「現代思想の冒険者シリーズ」
 ・加賀野井秀一著『メルロ=ポンティ―触発する思考』白水社

 加賀野井氏の著作の方がかなり読み易いと思います。哲学に触れたことがない人には、こちらがお薦めです。

 それはさておき、ロシュフォールにはこの2点以外に彼の足跡は残っていないのは分ってはいました。それらは…
merleau ponty
通りの名前と、
lyceacute;e
高校の名前です。

 彼は、高校時代から、パリのアンリ4世高校に通っていたので(あるフランス人の話だと、優秀な生徒は皆この高校に通うそうです)、足跡があまり残っていないのも当然なのは分っていました。それでも、彼が幼年期を過ごしたこのロシュフォールという町を見てみたかったわけです。

 この人がどういう人か理解してもらうために、フランス哲学の思想内容には踏み込まずに、外面的な話を少ししましょう。

 メルロ=ポンティは、実はフランス哲学の当時の大御所、ジャン=ポール・サルトル(1905‐1980年)年と同時代の人です。
jp sartre
 これはサルトルの写真。二人は、ある時までは盟友の関係にありました。一緒に雑誌を編集したり、原稿を見せる仲だったり…。その関係に亀裂が入るのは、1951年朝鮮戦争勃発の時です。共産党を巡る思想的対立から、メルロ=ポンティの方が、公然とサルトル批判を行い、決別するという形になりました。

 まぁ…サルトルは知っていても、メルロ=ポンティ誰それ?という人が殆どだと思います。サルトルに比較すれば、彼の仕事は地味なんです…。

 ところで、フランスの3大新聞といえば(除く、スポーツ新聞)、

 ・Le Monde (ル・モンド)
 ・Le Figaro(ル・フィガロ)
 ・Liberation (リベラシオン)

 ですが、リベラシオンはサルトルの創刊(1948年だったと記憶してます)です。サルトルに関して言えば、他にもシモーヌ・ド・ボーヴォワールと恋仲にあったり、実存主義の運動の火付け役だったりと目立った活動が多い。

 作家として成功を収めて以来、在野の哲学者として活躍したサルトルに対して、メルロ=ポンティは地道に学者の道を歩んだ哲学者です。

 そのひとつの象徴が、タイトルにいたしましたコレージュ・ド・フランス(Collège de France)。これまた、恐らく大方の人にとっては、耳馴染みのない制度であろうかと思います。これは、フランスに特徴的な制度の一つ。

 この制度の創設は、1530年、フランソワ1世の御世です。当初は、最新の人文科学・自然科学の普及を目的とした王立の高等教育機関だったそうです。詳しく存じ上げている方がいらしたら是非ご教授願いたいのですが、推測するに、この制度は、フランス・ルネサンスを通過した諸科学の成果が下地になって創設されたのではないかと思うのですが…いかがでしょうか。それはさておき、この制度は今なお存続しており、その特徴を挙げるならば、

 ・誰もが何の資格も必要とせずに無料で受けることができる
 ・教授陣はフランスのその時代を代表とする学者が務める
 ・現在では幅広い分野を網羅する様に講義が行われており、その数は50にも達する

 つまり…フランスの当代の各分野を代表するような知性の持ち主が講義を行い、受講者は自由に講義を受けることが出来るというわけです。

 メルロ=ポンティもその中の一人でした。

 他にも、コレージュ・ド・フランスの講義を務めた人を挙げるならば、これまた哲学者で恐縮ですが…

 ミシェル・フーコー
foucault.jpg

 歴史上で有名な人物といえば…

 ロゼッタ・ストーンの解読を行い、古代エジプト文字の解読に成功したシャンポリオンは、コレージュ・ド・フランスの講義に「エジプト学」なるものを開いたそうです。

 さて、有益な情報を一つ載せておきましょう…

 このコレージュ・ド・フランスという制度、

一般に無料で公開しているという原則通りに、実はインターネットで動画や音声データを閲覧することが出来ます。

 iPod をお使いの方であれば iTune に無料コンテンツとして、ダウンロードも出来ます。恐らくフランス語上級者向けになるんでしょうが、力試しとして興味ある分野を、リスニング教材として用いてみてはいかがでしょうか?

 リンクを貼っておきます。
 コレージュ・ド・フランスのHPはこちら

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ロシュフォールで「ホテル」をとる

 旅日記もすでに4回目ですが、町の観光情報を本筋と捉えるなら、まだ前置きのような記事が続きます。

 今回はロシュフォールで泊まった宿の話。

 前置きと言っても、僕としては、ロシュフォールの話に切り込んでいるつもりです。何故こんな話をするのかというと、泊まった宿が次の2点の表れであると思ったからです。

 ・フランス人のバカンスの過ごし方
 ・ロシュフォールという町の性格

 まぁ写真を見ていただきましょう…。
a.png
 どう見ても宿には見えませんね。

フツーのアパートじゃんか!

 これにはちょっとした経緯があって、ネット上でこの「ホテル」を予約していたのですが、住所をメモした紙切れを手に、いくら探しても「ホテル」らしい建物は見つからない。大体フロントはどこじゃ!!!と、この一帯をぐるぐる探し回ったのですが、どこをどう見てもアパート。

 困ったので、ここのアパートに住んでいる(と思しき)住民に声を掛けて、書いてある住所を見せて、「このホテルを探しているんだけど…」と教えていただきました。

 どうやら、この近辺で間違ってはないらしい。「フロント」はちょっと離れたところにある、ということを教えていただきました。

 いざ、「フロント」へ行ってみると…そこは、

どこをどう見ても、不動産屋。半信半疑でこう切り出しました。

 僕:「インターネットで一部屋予約したんですけど」
 不動産屋:「OK 名前は?」
 僕:(どうやらここで良いらしい…)

 種を明かしましょう。実は、この「ホテル」、Appart'hôtel と言って、フランスではよくある「ホテル」の一つのようなのです。Appartement(アパート) + Hôtel(ホテル)を掛け合わせた言葉のようですね。要するに、アパートの空き部屋を、ホテルとして貸し出すという業態です。

 手続きは至極簡単でした。ちょちょっとサインをして、身分証明書を提示するだけ(だったと思います)。鍵と利用規約みたいなもんを渡されて、「○○棟の○○号室があなたの部屋ね」。

 いざ部屋へっ!!!っと、その前に…
poste.png
 おおお、郵便受けが普通にある…。ホント、アパートやんけ。

 部屋はこんな感じです。一階の見晴らしの最低の場所でした…。 
apparthocirc;tel
 窓から見えるのは駐車場とゴミ捨て場だけ。まぁ文句は言わないっ!写真とり忘れてるんですが、このすぐそばには、キャンピングカー専用の駐車場があり、そこにキャンピングカーが数台停まっていました。ロシュフォールはどうやら、フランス人が訪れるバカンスの地なのでしょうね。ソファーベッドがあって、枕の数から判断すると二人部屋っぽいです。

 さて、このホテルの設備を紹介しましょう。   
a 2
 テレビに加えて…
 1.トースター
 2.コーヒーメーカー
a 3
 3.食器洗浄機!
 4.電子レンジ
 5.冷蔵庫

 勿論、電気コンロもあります。
plaque_20110508090212.png

 そして戸棚を開けると…
a 4
 鍋やら何やら…これは元々あったのか?前の借り手が置いていったのか?うーん。

 さらに食卓机の棚のなかには…
a 5
 どう見ても、二人分とは思えない皿の数。お客さん用かな…。

 そしてフランス人必須のアイテムもありました。
a 6
 テラスセット…机と椅子2脚(重ねてあるので1脚に見えます)。フランス人は天気が良ければお外で食事をとります…。

 必要な物一式が揃っている。足りないものと言えば、洗剤・石鹸・シャンプーといった消耗品くらいでした。タオルとバスタオルに関しては、この点はさすがに「ホテル」っぽく置いてありました。


 ふーむ。なるほどね。実際借りてみて納得でした。

 フランスでは法律で5週間まで有給休暇がとれると定められている国です。復活祭のバカンスは1週間程度なのですが、夏に1ヶ月も家を離れて、どこに宿をとるの?ってのは、フランス来てしばらく経つまでは謎でした。飯だって毎食レストランにする訳にもいかないだろうし、毎晩ホテルなんて無理だろうと思ってたわけです。事実、どこかに別にアパートなどを借りて過ごす訳ですね。こういうアパートなら、ほぼ必要なものも揃っているし、鍋やお皿など余計な買い物しなくても、十分に足るものが揃ってる。これなら、アパートの追加出費だけで、ほぼ日常生活と同じ水準でバカンスを過ごすことが出来るわけですね。

 ※蛇足ですが…勿論、実際に長期休暇がとれるかどうかは職種によって大きく変わってきます。現に僕が住む寮の近くの働き者のパン屋さんは、まだ出来て新しいのもあるのか、土曜日の定休日以外に休んだことがない!(これは僕のフランス人に対する先入見を払拭するのに十分過ぎる事実でした)。

 料金体系はどの様になっているのか分りませんでしたが、この部屋は一泊49€だったと思います(ハイシーズンなので高めです)。2人ならば、一人あたま一日25€程度で過ごすことが出来ます。僕はギリギリになって宿をとった為、ホテル並みの値段がしてるなぁ。もっと早い時期に探していれば、もっと安い物件もあったのだろうと思いますし、またステュディオタイプの「ホテル」もあるので、そっちにしておけば良かったと多少後悔してます…(立地の悪さと明らかな貸家だと判断し、少々ビビッて忌避してしまいました)。



 少し話題が変わって…自転車の置き場所に困っていたところ、親切なおばさんに話しかけてもらえました。このおばさんいわく「私は、このアパートに一番に入った入居者で、12年ここに住んでるのよ」と。このアパートの筋金入りの事情通でした。

 そこで話題になったのですが、やはり…「今は、人の出入りが激しい時期だから、自転車を外に置いて一晩過ごすのはよくないよ。ほら、(車を指して)見てみなさいよ、アレはパリから、アレは○○から来ているのよ、こういう時は余計に注意しておかないと」と。

 結局、自転車は自室に入れることにしたので、問題なかったのですが、ロシュフォールがフランス人のバカンスの地だということは垣間見れた様な気がします。

 いや…フランス人だけじゃないのかも…

 例のおばさんが…「ほら、彼らはポルトガル人よ」と通り過ぎた車を指して、言っていたので…。

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自転車の旅の旅情:風景(ラ・ロシェル~ロシュフォール間)

前回の記事の続きでございます。4月26日、自転車で走破した約38kmの旅情です。

 ラ・ロシェルを出発して、しばらくは海岸沿いの町を幾つか通過します。そのうちの一つが Chatélaillon (シャテライオン)という小さな町。ラ・ロシェルから2時間ほどで着きました。迷ったり、寄り道してたりしていたので、真っ直ぐ目指せば1時間以内に走破できると思います。
marcheacute;2

marcheacute;
 運よくマルシェ(市場)の開催日でした。小規模ですが、これはこれで、また興味深い。写真に見える道路は片側一車線の道路で、撤収作業のためにやってきた車は、路上駐車になって、かなり交通の妨げになってました。

なお、このマルシェの前には教会があって…
chateacute;
 僕は、パン屋で買ったサンドイッチを、この教会の前で食べていました。

 自転車コースの前半は、何度か海岸線のコースと町を行ったり来たりといった感じです。
mer.png
 幸い天気がとてもよく、風も穏やかでした。日本ほどではないと思うのですが、海洋性気候なんでしょうかね。この辺りの天候は変わりやすいのだそうです。フランスにしては、湿気を多く含んでいる空気です。しかし、汗をかいたら乾かない、というほどではないので、心地よい天気でした。
umi.png
 この日は、写真で改めて振り返ってみると、雲ひとつない晴天でした。

 ラ・ロシェルから段々離れてくると、田園風景が広がってきます。
paysage2.png

pya.png

 
uma 3

 赤い屋根、白い壁の家。この地域の建築様式の特徴のようです。
uma2.png

 後半に差しかかって、小さな村を幾つか通り抜けます。Communauté (コミュノテ)と呼ばれる、行政単位の最小の区分も幾つか目にしました。
payss.png
 
 牛や馬といった家畜も手を伸ばせば届きそうな範囲に…。
umaaa.png
 
 これはロシュフォールに近くなった風景です。
uma4.png
 今回の旅のもう一つのテーマは、異国の地のこういった所で視界に誰一人見えないところに行きたかったわけです。しかも、自分の力だけで。誰もあてには出来ないし、目的地まで辿り着けるかどうか分らない不安(これは自転車コースを見つけてからかなり緩和されてしまいましたが…)。こうした要因が絡むと、風景も違って見えてくるはず…との思いで出発したわけです。フランスの何処に行っても、何を見ても、それなりの感動はできる…、逆にそれなりの感動しかできないかもしれない。だったら、「どのように」行って、「どのように」見るかを変えてみよう、というわけです。勝手の分らない土地で、自転車で旅をするというのは、特別なものがありました。

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ラ・ロシェル近辺のサイクリングコース(ラ・ロシェル→ロシュフォール)

 今回の旅の目的は、実を申せば、ロシュフォールという比較的小さな町を見ることにありました。ラ・ロシェルは言うなれば、TGVの都合上どうしても通過しなくてはならない町だったので、ついでに見て回ろうという心積もりでいました。ラ・ロシェルの方が、大きい町で観光名所でもあるのですが、ロシュフォールの方が僕個人の目的としては大きかったわけです。この辺は、観光ガイドを全く見ずに決めているが故になせる旅ですね。

 ロシュフォールまでの道のりは、ラ・ロシェルから電車・バスと公共交通機関が一応整っています。タイムテーブルを見てみると、便利とは言い難い印象です。

・旅に出る前
 旅の準備段階では、そんな情報は集めずにいました。ラ・ロシェルとロシュフォールはともに海が近いから、海岸沿いを自転車で走ると気持ち良いだろうなぁ…という気持ちで決めていました。
rue.png
 地図を見ると、約32~38キロ。自動車だと30分程度。ただし、グーグルが最短で示している、この道はほぼ高速道路に近いスピードで走れる道なので、自転車が走るのは無理だろうとは踏んでいました。まぁ、6日分の荷物を背負っていることも加味しても、時速10キロくらいは維持できるだろう、40キロメートルだから、途中迷うことと休憩の時間も含めたら、朝10時くらいにラ・ロシェルを出て、遅くとも夕方5時くらいにはロシュフォールに着けばいいかなぁ(計7時間)、という大雑把な計算はしていたのです。地図と水さえ持ってりゃ何とかなるだろうと。

・実際走ってみる 4月26日
 実際に走ってみたら、午後3時くらいにロシュフォールに着きました。大きく迷うことはなかったわけです。無事に辿り着くことが出来たのは、これのおかげです。
rochefort gard
 ↑実は、ラ・ロシェル~ロシュフォール一帯には、サイクリングコースが整備されていて、これに従って走れば、目的地に簡単に着くことが出来るという訳です。これは、目的地のロシュフォール駅の付近で見つけた看板です。

 ラ・ロシェルを出てから、しばらく試行錯誤を繰り返しながら走っていたら、こういう看板があるのに気づきました↓
rochefort 31
 ↑上段には「31,9キロ ロシュフォール」と書いてあります。

 事実、自動車と同じ道路標識を見ながら走っていたら、危うく高速に入りそうになりました。この看板に気づく前のことですね。勿論、あわてて引き返しましたけど。追い抜いていった車の運転手は焦ったに違いない…。

 この看板、自動車の案内標識の方向と逆を向いている時もあるので注意が必要です。しかも、所によっては、交差点に無かったり、見えにくかったりするので、何度か見落として逆走したりもしました。また、一箇所、どう見ても、道路標識は「この先袋小路」と書いてあるのだけど、自転車の案内はそっちの方向を示していて、「ホントにこれで良いのかよ!」という標識もあるので、必ずしも親切とは言えませんが、それでも走りやすかったのは事実ですね。
uma.png
 
 もう一つ、旅の準備段階では、やや向こう見ずなところがあるともいえる計画を支えた事実は、電車の路線がラ・ロシェル⇔ロシュフォール間で通っているということですね。万一、自転車がパンクする等のトラブルに見舞われた場合、自転車を引いて歩いて駅まで行って、電車に載せればいい、という計算はしていました。
raille.png
 実際、サイクリングコースは何度か線路と交差していました。

 また、サイクリングコースの特徴として、信号が一切ない!ということは大きいかもしれません。ラ・ロシェルの市街地を出てから、僕は3日ほど、信号機を一切見ませんでした。人口2万7千人の町、ロシュフォールの市街地でさえ、信号はありません。これは快適でした。自転車を一定のペースでこぎ続けることが出来ました。途中、自動車道と交差するところもあり、これには注意が必要ですが、専ら走ったのは見晴らしのよい農道です。心地良いサイクリングとなりました。 

・ラ・ロシェル一帯の町の性格 
 現に走りながら、途中で気づいたことなのですが、ラ・ロシェルの一帯には、キャンピングカーや自転車を後部に積載した自動車とよくすれ違うということです。この一帯は、フランス人(のみならずヨーロッパ全体からかもしれません)が、バカンスでヨットなどのマリンスポーツや、自転車・キャンプなどのアウトドアを楽しむ一帯になっているのだ、ということです。サイクリングコースの敷設がそれを物語っているかと。

 実際に見つけたキャンプ場の入り口。キャンピングカーが停まってます。
camping.png
 
 また、僕を追い抜いていったオッチャンの自転車。このタイプは腰への負担が少なそうでいいですね。市街地を走るのには向かないと思いますが…。
cycliste.png

 さて、このコース上で収めた風景の写真は、次回!

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大西洋沿岸自転車の旅:概略(行った所&自転車を電車に乗せる)

大変お待たせいたしました。更新をしていないにも拘わらず、ここ数日のアクセス数が少し伸びているところから察して、一部の方から、「早く更新しろ」と促されているようにも思えます…。実際はどうなのかわかりませんが…。さて、今回の旅の道筋からご紹介いたします。

下の地図を参照に…。フランスの西側です。
PARCOURU.png
・4月25日
 TGVに乗って、ディジョン出発、パリを経由、ラ・ロシェルに至る(地図の1)。
 ラ・ロシェルをほんの少しだけ観光した後に1泊しました。
・4月26日
 自転車にまたがって、ラ・ロシェルから南を目指してロシュフォール(地図の2)という町を目指します。
 ロシュフォールに3泊し、ここを起点に周囲のどこかを散策することに決めていました。
・4月27日
 ロシュフォールを観光して過ぎて行きました。
 夕方~晩御飯の時間までに、翌日南に行くか、西に行くか決めるために、ロシュフォールの南の町の境まで行ってみて、結局西にすることにいたしました。
・4月28日
 ロシュフォールを出て、北西にあるフーラという小さな町(地図の3)を目指し、そこから、エクス島(イル・デクス)という小さな島に船で渡りました(地図の4)。この日のうちにロシュフォールまで戻りました。勿論往復とも自転車で移動しました。
・4月29日
 ロシュフォールを出て、ラ・ロシェルに戻ります(地図の5)。帰りは電車を使用しました。またこの日、ラ・ロシェルに着いた後、船に乗って、ある遺跡を見に海に出ました(後述します)。
・4月30日
 ラ・ロシェルを出て、その西にあるイル・ド・レを自転車で目指します。サン・マルタンまで行ければいいと思っていたところでしたが(地図の6)、実際はロワという町(地図の7)まで行ってきました。
・5月1日
 ラ・ロシェルから出発して、ディジョンに戻りました(地図の8)。


さて、ラ・ロシェルまで、自転車を運んだのは、TGVです。TGVとは、新幹線に相当するとても速い電車です。日本の新幹線に自転車を載せられるのかどうか僕は分りません…。でも載せてるのは見た事ないなぁ…。TGVに載せるのは珍しいみたいですが、それでもいないわけではないです。

 ディジョン⇔パリ間のTGVに自転車を載せた写真がこれ。吊り下げるフックがあって、そこに引っ掛けます。中は倉庫というか、他のお客さんの荷物置き場になってます。荷物をちょっと脇にのけて…という風になりました。
TTTGV.png
 フランスのTGVに乗ってみて思うのは、日本の新幹線とは異なっていると思うのですが、スーツケース等の荷物置き場をちゃんと確保しているのは嬉しいですよね。

 パリ⇔ラ・ロシェル間のTGVはディジョンのと車種が違うので(こっちの方が新しくてきれいな印象です)、自転車の積載仕様も異なっているみたいですね。その写真が↓
Tgv.png

TGVに自転車を載せる時は…
・まず、事前に自転車用のスペースの予約が必要
 正確に調べていないのですが、どうやらこの予約は、店舗か電話での予約しか受け付けていないようです。

・追加料金10€をとられる
 これは注意が必要で…、一区間あたりに10€とられます。僕の場合、ディジョン⇔パリ⇔ラ・ロシェルと二区間にまたがったので、倍の20€とられました。

 他にも、自転車を分解してケースに入れて運ぶことも出来るようですが、僕はこの方法はとりませんでしたので、どういう手続きをしなければならないかは未確認です。

 「予約は必須です」と書いてあります↓
TTGV.png
 なお、ディジョンの駅・パリのモンパルナス駅で電車に自転車を持ち込もうとしていたら、駅員さんに呼び止められました。「予約はしてあるかい?」と確認を求められました。アジアの顔をしているからというのも余計に手伝ってはいるのでしょうが…。無断では持ち込めません。

 これとは別に、Telという電車には、自転車は無料で持ち込めます。↓は地図の4と5の間の移動に乗った電車の内部の写真です。ただし、Telに自転車が持ち込めるかどうかは、地域によって変わってくるかもしれません。旅の前には確認が必要かもしれません。
TEL_20110505054414.png
 車両を間違えて、自転車を掛ける場所がない車両に乗ってしまったのだけど、乗客が殆ど居なかったので、そのままにしておきました。切符を切りに来た車掌も何にも言わなかったから、何も問題はないのだと思います。

 旅に出る前は、自転車で旅が出来れば良いなぁくらいに思っていたのですが、これは結果的に大正解でした。この理由については、次の更新でお知らせします!


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en を使った熟語表現(工事中)

 中性代名詞 en を使った熟語表現というのは、代名詞とは言いつつも、具体的には何も指していない場合が多い点で、なかなか日本人には馴染みにくい表現だと思います。しかし、フランス語ではよく出てくるので習熟する必要があります。僕の錆びかかっているフランス語能力でも…パッと思いつく限りでは、

・s'en prendre à...
 …に襲い掛かる、攻撃する、批判する

・il s'en faut de (数量・程度) que + Subj.
 que 以下のことが起こるためには、(数量・程度)が欠けている

・s'en aller
 立ち去る:かなりよく使われる表現です。主に帰るときなど去り際に言います。
 Tu t'en vas ? 「行っちゃうの?」
 On s'en va.
 Je m'en vais. などなどの形で覚えてしまうといいでしょう。

・s'en tirer
 これは、s'en sortir と同じ意味です。

・s'en foutre, s'en ficher

 On s'en fout. 「どうでもいい」とか「知ったことか」、「関わりない」など
 Je m'en fous.
 Je m'en fiche.

 これは使う場合注意です。特に foutre をつかったものは、foutre が俗語なので場合によっては、品のない喋りをする人だと見なされます。辞書によっては、凄い言葉ですが…

 je-m'en-foutiste 「どうでもいい主義」

 なんて言葉が載ってたりします。

・en avoir ras-le-bol
 これもかなりよく使われます。「うんざりだよ」という気持ちを表します。
 政治家の失態を見ては…

 On en a ras-le-bol.
 
 なんて言ってやるといいかもです。他にも…同様の意味で、

 J'en ai marre. 「もうたくさんだ」

 なんてのもあります。同じ意味で、あまり障りなく使えそうなのは↓です。

 J'en ai assez.
 
etc..



à ceux-ci s'ajoutent...

en rester là
il n'en est pas moins vrai que
il n'en reste pas moins
il n'en demeure pas moins
il en est ainsi(il en est autrement)
s'en tenir à

etc..

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