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旧ディジョン日記(移転しました)

以前フランスの地方都市ディジョンでフランス語を学んでいました。

本の紹介

 Banlieue についての本を読み、それの読書ノートを公開すると前回書きました。今回はその通りの内容で更新いたします。が、今日は本の紹介だけ。

 まずは、Banlieue という単語について。

 日本語に直せば、Banlieue は「郊外」を意味します。日本国内で郊外と言ったら、お気楽なイメージを抱く人が多いのではないでしょうか。あたりにはまだ田畑や林の残る、大きく開けた土地に大型の商業施設が立ち並び、休日には車でやってきた家族連れが賑わう…。そんなイメージでしょう。

 当ブログでも、それとなく触れたことがありますが、フランス語でBanlieue と言った場合に、こうしたのどかな風景とは異なる、特別な意味合いを背負っている場合があります。つまりフランス社会の抱える問題の一端を表す言葉として流通している。Banlieueと緊密に結び付いたイメージを、一言で表すならば、l'insécurité「治安の悪さ」ということになるでしょう。

 フランスの「郊外」にまとわりつくイメージを、思いつく限りで箇条書きにしてみますと… 

・夜中、若者と警官隊が衝突し、石やガラス瓶、催涙弾が飛び交う。
・ことあるごとに、自動車が燃やされる(特に大晦日がひどい)。
・麻薬が取引されている。
・この地に赴任した学校教師は、他の地域に比して高い割合で鬱になってしまう。
・警察官のパトロールは単独では袋叩きにあう。警察官も暴徒化した若者を恐れる。

 勿論、フランスの「郊外」のすべてが、おしなべてこの様な問題を抱えているわけではないのですが、大都市の郊外の一部の地域は、こうした問題を抱えているのは確かです。例えば、ヴェルサイユ宮殿がある市も、イル・ド・フランスと言って、パリの「郊外」に位置しますが、ここでこうした問題があると聞いたことはないです。しかし、一方、同じくイル・ド・フランスの中には、

 Quartier difficile (難しい地区)
 Quartier sensible (激しやすい地区:過敏に反応し問題を起こす地区)

 と呼ばれる地区があるのもまた確かなんです(↑の二つの表現は、ニュースでよく耳にします)。僕がフランスにいた1年という短期間にも、Saint-Denis で発砲事件があり、人が亡くなった、というニュースを聞いたことがあります。Saint-Denisは、パリの「郊外」です。パリの Gare de Lyon から直線で10キロほどのところにあります。

 さて、これから読んでいく本は、

 La loi du Ghetto ―enquête dans les banlieues françaises

 という本です。
9782702140833-G.jpg


出版社:Calmann-Lévy 2010年、 現在は "Pocket"に収められており、いくらか手直ししたみたいです。
僕が手にしているのも "Pocket"版。

 写真をインターネットから引くために、この本をググってみたのですが、結構有名みたいですね。

 著者は、Luc Bronner という人でル・モンド紙のレポーター。

 この本を紹介してもらったのは、語学学校の先生です。帰国してから取り組もうと思っていまして、今がその時!というわけです。この本について幾つかの点を書いておきます。

 本のタイトルからして、「ゲットー」という単語を使っています。「ゲットー」とは、周知のように歴史的にはユダヤ人たちを隔離した居住区のことです。つまり、「郊外」のなかには、フランスの国内に、しかも主要大都市のすぐ近くにありながら、いわばフランスから切り離された「ゲットー」がある、ということでしょうか。ま、これは読んでいけば明らかになることです。

 今現在、半分ほど読んでみましたが、面白いですね。変な小説を読むよりはよっぽど…。やっぱり、「治安の悪い」地区を直に歩き回り当事者たちの肉声に迫っているだけに言葉に緊張感があるように思えます。

 言語的に見ても、この本が面白いと思うのは、色んなレベルの話者の言葉が織り込まれているところですね。大きく分けて二つの言語。レポーター自身の、ルポルタージュを書く言語(要するに地の文)と、当事者たちの言語(会話・引用文など)です。「当事者たち」というのは大雑把な分類で、その中には、若者・警察官・地方自治体の首長・中央の政治家など、様々な言葉が織り込まれています。僕には判読不能の言葉遣いをする若者もいて、フランス語の「現実」を映しているような気がします。

 読んだのは半分だけなので、まだ全体については言えないのですが、社会問題の分析と原因の究明というよりは、その描写に努めているようです(もっとも、この問題を単純かつ一義的な原因に還元すること――言い換えれば「諸悪の根源」を名指しするようなこと――は短絡だと思うので、多角的に描写することは正当な立場だと思います)。

 かといって、学究的な営みへの目配せも忘れていないようですね。巻末の文献表も充実しているような印象です(僕は素人ですので、挙げてある文献の良し悪し・多寡は判断できませんので「印象」です)。

 最後に今後の方針。読書ノートをつくるにあたっては、本からの引用があまりに大部になり過ぎると著作権に抵触しかねないので、軽くつまみ食い程度に、面白いと思ったところを気楽に触れていくことにします。

 次回から本の内容に触れていきます。

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再開

んーっと…ブログ書くのが久しぶりなので何から書いてよいやら困ったな、といった感じなのですが、

再開します!

という一言で以て始めさせていただきます。

アクセスカウンターを見てみると、
全く更新のないブログにも拘わらず、日に多くて10人も訪れて頂いているのですね(汗)。
これを更新への期待・催促と勝手に誤解し、励みとさせて頂きます。


10月~2月の間、私何をしていたかと言いますと、大学院入試のための勉強しておりました。
あまり自分のことはブログでは語らない(もしくは語りたくない)方針でした。
というのも、自分は社会的に言えば、どっちつかずの中途半端な状況に居たからなんですね。

よって自分のことを語るは引け目があって躊躇った訳なんです。


この4月からの肩書は大学院生ということになります。
つまり研究三昧という生活。
この肩書は、なお日本においては立派なものとは言い難いですね…。

それはさておき、
フランス語を、これまで学んできた・これからも学んでいく理由は、
全てこの一点にあった訳でして、そりゃあ研究して食い扶持にありつこうという訳なので、
フランス語の学習意欲は(おそらく)人並みではないと、この一点のみは自負しておりました。

しかしながら、改めてフランス語の本を繙くと、
まだまだ至らないところがあるなぁ…と痛感する毎日でございます。
なので、フランス語の学習は終わりません。
当ブログがフランス語学習帳である限り、ブログを書くネタは、日々の精進の中から見つけて行けばいいんですが…

しかし、困ったことが一点。
自分の専門分野は哲学であり、その文体は、マジメの上にクソをつけてもいいほど、硬いフランス語なんですよ。
しかも、さしあたって当分は、難解と言われる(言われてきた)現象学を中心に、なので、
多分、それを直に扱っても吐き気を催させるブログになる気がする。

自分としても、ブログは気楽にやりたいものなので、
この専門を外すとなると、やっぱりお気楽な読書ノートが良いかなぁなんて思ってます。
(しかしそれは「読み方」が「お気楽」なだけであって、本の主題がお気楽であるとは限らない、と断っておきます)。


フランス語を学ぼうとする人は、ある程度――知的年齢が上がってからフランス語を習得するという我が国の事情をかんがみても――、知的な素養の高い人である!と固く信じていますので、できるだけそういう人の興味を引くような読書ノートを綴りたいと考えています。

勿論、ノートはフランス語学習に主眼を置きますので、本の主題についてあんまり深く突っ込んで考察しようとは考えてません。
例えば、社会的な問題を扱う本だからと言って、僕が社会学的な考察を加えるのではなく(「感想」程度は述べますが)、フランス語としてどう読むか、というノートにしたいと思ってます。
つまり、そういうのは自分の専門ではない、と放言して無責任でいられる、そういう読書ノートになるかなぁと思っています。


ま、その1冊目は、もう読み進めています。
主題が、les banlieues の本です。
この単語だけで何のことか分かったら、フランス通じゃないかなぁ…。

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